カンジヤマ・マイム

マイムも「講義」も緊張と弛緩が大事

カンジヤマ
マイムってものすごく原始的な芸なんだよね。
身体ってものすごく原始的なものじゃない。
いつも日々一瞬一瞬に衰えてなくなっていくんだよね。
生まれた瞬間から老いが始まって。一瞬一瞬細胞は死んでるし。
ものすごい原始的なもの。
一番原始的なものを、今一番最先端のWebというかたちで表してるわけだから。
それに落差を感じるとともに、ものすごい可能性を感じる。

彼とのコラボレーションは終わりじゃなくて進行形だし。
彼は、気に入ったものしかやらないっていう、ある種のこだわりでしょ、それは。
それはすごいと思う。いつか偉くなっちゃって、
もっと金の亡者になって何でもやっちゃうかもしれないけど。
「今」は理想に燃えてるじゃない。まだ若いからさ。

桑畑
この前、お腹痛くなって死ぬ思いをしたとき、
「金は墓場に持ってけないんだ」って改めて実感しました。
人生で作れる作品の数ってある程度決まっている。
そうだとしたら、やっぱり自分が好きなものを広めるために表現していきたい。

わがままに思われるかもしれないけれども、
自分が本気でできるものに対してだけ関わりたいなっていうものはあるし、
そこから関わらないと頼んでくれ る人にも失礼だと考えています。
それは、始めから門戸を狭くして「来るな!」って言ってるんじゃなくて、
まずは会ってみて自分はどこまでインスパイアされるのかなっ
てところから会話しよ うと思ってます。
このジャンルはやります、このジャンルはやりませんじゃなくて、
純粋に人と、プロとプロとして会って、この人を世間に知ってもらいたいって
ところから広告だとかプロモーションしたい、っていうのがあります。

カンジヤマ
やっぱり一人でも多く「自分が何でこの芸に惚れたか」を知ってほしい。
僕がパントマイムという芸に出会うことによって本当に人生が変わったので。
僕は経済学部の経済学科にいて、演劇なんか全然経験したことなかった。
そんな一青年が、たまたま18歳のときにマイムを見ちゃって。
一人の男がただ舞台で動いてるのを見て感動しちゃったんだけど、
自分の中にそういうことに感動できる種があるってことにも感動した。
で、もし一生一回だったら、こういう種をどんどん発掘して
水をやれるような人間になったらすごくいい生き方だと思った。
今もそれやってて楽しいし、公演していても楽しいし、生きてるなって感じがする。
それをまた、別の媒体で紹介してくれるのはすごく嬉しい。

桑畑
だから、この対談を読んで、一人でもカンジヤマ・マイムに
アクセスしてみたいなって思ったら、この企画は大成功かな。

マイムの視点から見た現代社会

―なんか、今っぽいことってパントマイムでできるんですか?

桑畑
例えば「初めてパソコンを使った60歳の人」とか?

―そうそう。

カンジヤマ
現代では、動きがどんどん減ってきてるでしょ。
だんだんマイムが難しくなっている。
昔は職業にキャラクターがあって、でもそれがどんどんなくなっている。
仕事も昔は身体が中心だった労働が、
今はモニターの中で何億何千何兆というお金が指先だけで動いてる。

それを逆説的に扱ったマイムって、もしかしたら作れるかもしれないよね。
もしかしたらこの動きでもって、人が何万人も殺されているわけ。
昔は、ナイ フでこう刺さないと殺せなかったわけ。血だらけになって。
だから、殺しっていけないな、残虐だなってわかったわけじゃない。
でも今はさ、こうやって、指先でボタンをポチっと押すだけ。
全然残酷さがないじゃない。そういうのを扱ったら面白いだろうね。
たぶん。逆説的だけど。動きがないから、余計ものすごいこ とが平気でなされる時代。

―そうですね。

カンジヤマ
でしょ。子どもたちがやってるゲームだってさ、無邪気にやってるわけだけど、
中でやってることは、もうすごいわけじゃない。
現実世界では地が吹き飛んで腕が吹き飛んでるようなことを
「あー、失敗した、もう一回だ」ってリプレイするようなことをしてるわけじゃない。

―そうですね。なぜお聞きしたかと言うと、
この前マイムを見せていただいたときに、表現があまりにも豊かで、
見慣れないんですよ。恥ずかしいと思うくらいすごい豊かで。

カンジヤマ
今、それがないもんね。

―でもそこには気付かなかったです。

カンジヤマ
逆に、ITがどんどん発達していって、テクノロジーが発達すればするほど、
この仕事って求められるんだよ。どこかでね。
じゃあ、今との関連性は、って言わ れると、関連付けるのはすごく難しい。
でも今言ったように、逆説的には追求できる。
人が無表情になればなるほど、ものすごい残虐な行為が平気で行われることになって、
それに人もそれに無関心になってきて。
税金投入って書かれるけど、それがよその国の戦争に使われて、
何千万人の人が殺されてるかもしれないしさ。
それって、実際の感覚が湧いてこない。
昔みたいに、一人ひとり血だらけになって殺されるわけじゃないから。

―マイム、大事ですね。

カンジヤマ
マイムをやることじゃなくて、その切り口を求めていくっていうこと。
それもひとつのマイム。

桑畑
デザインと一緒だ。

カンジヤマ
そこなんだよ、たぶん。一緒にやってる面白さっていうのは。
このマイムをどうやって料理するか。
じゃあやってみろよ、っていうどこかに挑戦の気持ちって あったと思う。
そういうのってやっぱり切り口、発想っていうものは根本に同じものがあるよね。
媒体は違ってても、じゃあどうやってこれを利用して、人の心に訴えかけようっていう。

桑畑
ファンタジーの世界とか、大宇宙の世界とかじゃなくて、
単純にコップひとつをどう切り取るか、、、
例えば「飲む」という行為をマイムではどう切り取って、
このコップを みんなに買ってもらうために広告として自分はどう切り取るかって、
やってることは同じなんだよね。
これが、ファンタジーとかじゃなくて、
生活に身近であればあるほど、おお!って感じなんだよ。

カンジヤマ
悲しみひとつにしたって、表現の仕方もいっぱいあるじゃない。

桑畑
悲しい顔してっていわれたとき、普通の人は2、3種類のパターンしかないと思うけど、
カンジヤマさんは1時間ずーっといろんなパターンでやってられると思う。
人間いろんな表情とか、身振り手振りとか色んな筋肉あるのに、
自分が人生で一部しか使ってないんだと思うとちょっと寂しくなる。

―人が忘れてるものを見せてくれるんですね。